ささくれ~あなたの暮らしに小さなきっかけ~

このブログは現在、高知県の限界集落で生活しながらフリーランス生活を送るしらボーのブログです!過去には辻の料理学校を首席で卒業し、恵比寿の三ツ星レストランへ就職するも挫折、様々な経験を経て現在はライターや料理人もやっています。僕の考えややりたいことを書いてます。

自分の弱さを受け入れるということ

 

こんにちは、しらぼーです。

 

 

 

 

正直、書こうか迷ったのですが

自分自身、こういう時もあったなという

記録の意も込めて書くことにしました。

 

 

 

すこし僕自身の誰に向けるわけでもない

話をしようと思います。

良ければお付き合いください。

 

 

 

思えば最近もこんな記事を書いていました。

 

 

www.shirasakayudayo.com

 

 

近頃の僕はどういうわけか、自分自身と

うまく付き合えていないような感覚なんです。

 

 

 

書店に行けば久しぶりに自己啓発の類の本を

手に取り、戻す。

 

 

 

旧友と顔を合わせ、話を聞けば、自分と友達を比較し

どこか焦りを感じ、帰り道は漠然と何かを

抱え、考えながら普段吸わないタバコをふかす。

 

 

 

毎日でなくともそんな日が最近増えました。

 

 

 

自分なりに考え、打開しようと色々試しもします。

 

 

 

生活リズムに気を使ってみる。

 

 

 

開き直ってダラダラとしたいことだけしてみる。

 

 

 

普段なら行かないお店に一人で呑みに行ってみる。

 

 

 

ブログを気分でなくとも書きだしてみる。

 

 

 

不安リストを書き出し、片っ端から潰していく。

 

 

 

それで、良い時はうまくいくんです。

ただ、何故か最近は立ち止まってしまうことが

多く出てきました。

 

 

 

やらなくてはいけないことは山ほどあるのに。

考えるべきことは山ほどあるのに。

 

 

 

こうした考え方が自分を必要以上に苦しめているのかも

しれないとも思いますが、直感が違うと言っている。

 

 

 

僕は元より自分の力ではどうにもできない

苦手なものが2つあります。

 

 

 

それは

「置かれた環境に抗い続けること」

「同時にいくつものタスクが重なったとき」です。

 

 

 

一つ目の環境に抗うということについては

 

 

 

そのままの意で、僕は周りにいる人たちに

良くも悪くも染まりがち、影響されやすいんです。

 

 

 

これは僕自身の昔からの考えで

 

 

「どんな人からでも学べることはある」

「人の良いところを見つけよう」

 

 

という小さいころからの親の刷り込みからくる

僕の無意識的な部分から起因するところが大きいです。

 

 

 

そして2つ目の「タスクが重なっている時」

 

 

 

これも付き合うのがへたくそで、

生きていれば特に珍しいことではないんでしょうが

時間がバラバラだったり、時間がかかることだったり

 

 

 

管理に計画性が必要とされると一気に

生産性やモチベーションが削がれていってしまいます。

 

 

 

小学生の夏休みの宿題の様に

長い時間軸の中でもやることが一つであれば

僕はものすごい集中力を発揮することができます。

 

 

 

しかし、高校生のテスト勉強の様に

いくつも課題があって、範囲もバラバラ

おまけに得意、不得意、日程も違う

 

 

 

こうなると、僕は何故か、あれこれ

考えすぎてしまい、しまいには考えることに疲れて

やりきることなく放棄してしまうんです。

 

 

 

しかし、年を重ね、社会人として4年目を迎える今年

そうは言ってられないという現実も出てきます。

 

 

 

今月の生活をするためにどれぐらい働かなくてはいけない?

 

ブロガーとして生活をするために

なにからしていかなくてはいけない?

 

 

 

そして22年も生きていれば

自分の力ではどうにもできない

運命があることも

 

 

経験と苦痛ともに

まるで見せつけらるかのように知っていく。

 

 

 

17の時に親友を事故で亡くし、

その翌年には母親を病気で亡くし。

そして恩師を亡くし。

 

 

 

自分が悲しむ以上に当人は悲しかったかもしれない。

怖かったかもしれない。

 

 

だから強く生きねばならない。

 

 

 

未熟な子どもなりに一生懸命に考え、向き合ってきました。

 

 

 

それでも、わがままを言って、

誰かに八つ当たりをしたい時もあります。

 

 

 

でも、中途半端なプライドと周りが僕に教えてくれた優しさがなかなかそうはさせてくれませんでした。

 

 

 

すると、どうなるか。

 

自分で何とかしなきゃ。人に迷惑を心配をかけないように

辛くても悟られないように強くいなきゃ、と

 

 

 

外面ばかりを気にして、人間関係ばかりを

気にして生きていくようになったんです。

 

 

 

正直にモノが言えて、人前で悲しければ泣けて

辛ければしゃがんで助けてほしいと手が出せる。

 

 

 

そんな人が心から羨ましいと思いながら

俺は大丈夫と強がってきたんだなと最近は思います。

 

 

 

思えば、母親が亡くなったとき、

あれは最期の家族旅行となりましたが温泉に行きました。

 

 

 

行きの時点で母親はかなり苦しそうで

僕は不安で不安で堪りませんでした。

 

 

 

旅行とか、特別な思いでなんていらないから!

帰ろう!帰ってずっと隣にいるから、楽そうな顔で

横になっててくれよ!

 

そんな頑張ったら死んじゃうじゃんか!

 

 

 

けれど、その旅行は後で聞くと、母が望んだものだったそうです。

 

 

 

今まで外出はおろか、

自宅療養も許されていなかったのに、と

疑念を抱きつつ

 

 

 

車中、僕は隣で18歳の男の子が

ずっと、ずっと、母親と手を繋いでいました。

 

 

 

ようやく、なんとか宿には着きましたが、

やはり、相当頑張っていたのか母はずっと寝込んでいました。

 

 

 

そして、夜。

あの日の夜はきっと2度と忘れることは

出来ません。

 

母は僕と父が見えていないのか一晩中何かに

うなされていました。

 

 

 

そして、帰りの車内でまた僕は手を繋ぎ

最期は僕ら家族と一緒にいることができたからなのか

旅行という思い出を一緒に刻むことができたからなのか

 

 

 

楽そうに、天国へと旅立っていきました。

 

 

 

それからです。

少しづつ僕は自分というものを深く考えるようになりました。

人は何のために生きて、なんの為にこんなにも頑張るのか。

 

 

 

自分なりに向き合ってきましたが

いまだにわかりません。

あんなに強い衝撃を受けたのに。

 

 

 

答えが分からない僕は目の前のことに

没頭しました。料理学校です。

とにかく勉強をして、練習をして。

 

 

 

目に見える結果も残して。

 

 

 

それでも、新社会人として

挑んだ初めてのレストランでは挫折しました。

初めて自分に負けた気がしました。

 

 

 

それから、また考え、考え、考え

今に至ります。

 

 

 

あれから、何か変わることはできたのか。

 

 

 

そう問うとちゃんとありました。

 

 

 

人へ感謝するということがどういうことかが

少し分かった気がしますし

 

 

自分が弱いということを隠していても

良いことなど何もないということもそう。

 

 

 

結局のところ

 

身の丈以上の景色を見ようと

背伸びをしてみたり、ジャンプしてみたり

高いところへ登ってみることはとても大事なことです。

 

 

 

ただ僕がきっとこれを書く今の今まで

間違っていたことは

 

 

 

身の丈に合っていない自分を自分だと勘違いすること。

 

 

 

今の自分よりもホントの自分はもっとできるんだと

自分自身を過大評価することです。

 

 

 

だから、できなていない自分に焦り、何者か分からなくなる。

格好をつけようとして見栄を張り、実力が伴わず

周りからの信用を失っていく。

 

 

 

だから、できないことはできないと認めること。

 

怖いことは怖いと向き合うこと。

 

 

 

それが大事だという言葉の意味がやっと半分、分かりました。

 

 

 

後の半分はこれから向き合い、行動することで

培われていくものです。

 

 

 

誰もが知る人で、

いつも明るいことで有名な明石家さんまさん。

 

 

 

この人は人生で落ち込んだことが一度もないそうです。

 

 

 

それは何故かと聞かれた際にさんまさんは

このように答えたそうです。

 

 

俺は今まで落ち込んだことなんてない。

だいたい、落ち込むやつは自分のことを過大評価しすぎやねん。

 

 

 

初めてこれを聞いたときは

こんな考え方ができたらどんなに幸せだろうと

思いましたが、少し近づけたような気がします。

 

 

 

長くなりましたが

 

 

人に弱さを見せることができるというのは

それだけで僕からしたら才能です。

 

 

 

その逆も然りですが、そういう人は

すごく寂しく苦しい人生になってしまいます。

 

 

 

だからこそ、僕はもっともっと

自分の弱さを受け入れて、生きていかなくてはなぁ、と

立ち止まり、過去を振り返ってみるのでした。

 

 

おしまい。